2025年2月の紹介
DREAMTIME
ドリームタイム
2025年2月の紹介
DREAMTIME
ドリームタイム
To become an adult you have to forget many things which you have known since birth.
おとなになるためには,この世に生を享けていらい知った幾多のことを忘れ去らなければなりません。
To become a child, you have to recall many things which have been long forgotten.
子どもになるためには,久しく忘れていた幾多のことを思い出さなければなりません。
GRANNY: | [On the telephone] What time did you say the plane was leaving? |
おばあちゃん: | (電話で)飛行機は何時に出るんだっけね? |
FATHER: | 9:30 from Narita, tonight. |
父親: | 9時半成田発,今晩ですよ。 |
GRNNNY: | 8:30? |
おばあちゃん: | 8時半? |
FATHER: | No, 9:30! Nine! |
父親: | いや,9時半!クージ。 |
GRANNY: | Nine? クージ? |
FATHER: | Yes, thirty. そう,半。 |
GRANNY: | All right. わかったよ。 I'll take the train and meet you there. あたしは汽車で行くから,空港で会おうね。 |
FATHER: | We're driving from Ichikawa, here. こっちは市川から,クルマで。 |
GRANNY: | Arriving from Ichikawa? 市川には来ルナって? |
FATHER: | No, Granny, not arriving, DRIVING. おばあちゃんたら,いやだな,思いこみなんかしちゃって。 |
GRANNY: | Oh, diving. ああ,飛びこみかい。 Yes, Yoshiko always liked swimming. 与詩子は水泳が好きだからね。 There's plenty of water in Austria, too. オーストリアも水の都だよ。 I'm going to visit her there myself. あたしもあとから与詩子を訪ねていきますよ。 |
FATHER: | Not Austria, Granny, AUSTRALIA. オーストリアだなんて,おばあちゃん,オーストラリア。 |
GRANNY: | I know. わかってるよ。 Anyway, she can't go anywhere without the omamori good-luck charm I get for her. とにかく,あの子に神社からいただいてきたお守りを持たせてやらなきゃ。 So wait at the airport until I get there, will you. ちゃんと空港で待ってなさいよ。 |
FATHER: | We will, but don't be late. はい,はい。でも遅れないでください。 |
GRANNY: | Is Yoshiko all right, I mean, about travelling alone… 与詩子は大丈夫かい,そのう,ひとりで海外旅行なんか・・・。 |
FATHER: | She's very frightened. すごくびくびくしています。 She's never been… 何しろはじめてで・・・。 |
GRANNY: | Very delighted? すごくわくわくしてる? Oh, good. そりゃ,よかった。 |
FATHER: | Not delighted, FRIGHTENED. FRI-GHTEND. わくわくどころか,び・く・び・く・してるんです。 |
GRANNY: | Oh good. I'm glad. そうかい,よかったねえ。 |
耳の遠いおばあちゃんとのかみ合わない電話のやりとりから,この物語は始まります。
日本の中学生与詩子は,日米の十代の若者がオーストラリアに集う交換プログラムに参加を予定していますが,出発直前にこわがって参加を嫌がります。
そこでなんと,与詩子の母である洋子が娘のセーラー服を着て,オーストラリアに向かいます。
オーストラリアでは,現代を生きる子どもたちが交流し,市長さんは「進歩”progress”」という言葉で集約される,白人から見たオーストラリア史を語ります。
「時は,常に前進し,後退は,けっしてしない」。
しかし,この世界観に,「ドリームタイムに生きる男」がナレーターの視点から口をはさみ,アボリジナルの世界観であるドリームタイムについてつぶやきます。
そして,ウルルに近い砂漠でバスが故障したことをきっかけに,交換学生は自分のドリームタイムの世界に入っていきます。
オーストラリアの先住民族アボリジナルは,人間と他の動物といった種族の区別や,時間や空間といったへだたりを区別してとらえるということを基本的に行いません。
アボリジナルは,世界が創られた神話の時代をドリームタイムと呼びます。
しかしこれは,大昔の出来事を空想して語られる神話ではありません。
現在を生きる人々も自分のドリームタイムを持っていて,今この瞬間もまさに神話の時間であるドリームタイムをたどり続けて生きているのです。
このお話の中で,ドリームタイムに生きる男は「ドリームタイムでは,過去と未来が,何の矛盾もなく,現在に溶け込む」と語ります。
これに対して交換学生の一人は,現在といっても現在は一人ひとり違う,僕らが違う町から来ているというだけで僕らの「きょう」は同じとは言えない,と反論します。
すると男は「わたしは「きょう」について話しているんじゃない。
わたしは「すべての一日」について話しているのだ」と答えます。
過去から現在,現在から未来へと,一方通行で流れていく世界に生きている私たちにとって,過去と現在と未来が一緒に混ざり合う世界というのは,なんだかとても不思議ですね。
地球的規模の協力の必要がいわれる今日,これまでの進歩を基調にした世界だけでなく,境界や区別のないドリームタイムの世界を感じてみることも大切なことかもしれません。
ぜひ,このお話にふれて,ドリームタイムの世界を感じてみてはいかがでしょう?
きっと,新しい発見がありますよ。