宮下 孝広氏

子どもたちを読み手に
―読み聞かせ活動のこれから―

宮下 孝広(みやした たかひろ)

白百合女子大学 教授。
専門は発達心理学と教育方法学。塩尻市市民交流センターと共同で,社会的実践として読み聞かせを行う活動に参加し,その発達的意義について研究している。

幅広い年代に広まる絵本の読み聞かせ

子どもたちはおはなしが大好き(ラボ・パーティにて) 子どもたちはおはなしが大好き(ラボ・パーティにて)

 絵本の読み聞かせ活動は近年ますます盛んになっています。保育所・幼稚園はもちろん小学校でも活発に行われるようになり,低学年だけでなく高学年の教室でも日常的な活動に取り入れられるようになってきています。大人に向けての一種のパフォーマンス・アートとしても成立する時代ですから,もはや読み聞かせは幼児対象のもの,字が読めない子どもたちの代わりに読んであげるというものではなくなったと言ってよいでしょう。ただちょっと残念なのは,小学生でも読み聞かせを受ける立場にばかり置かれているということです。
 確かに,読み書きの指導が公式に始まるのは小学校1年生からであり,読み書きに習熟するのはようやく高学年になってからで,それまでは読んでもらうことを好む傾向がありますし,読んでもらった方が分かりやすいということもあるようです。小学校時代に読み書きを学ぶことを通じて,子どもたちは言葉の成り立ちと働きについて意識することができるようになり,言葉がそれとして独り立ちするようになる過程を歩んでいると言えるでしょう。

 読み書きに習熟するとどうなるかを考える手がかりの一つに,「ストループ効果」という心理学の実験があります。被験者にいろいろな色で書かれた単語のリストを見せて,書かれている文字のインクの色を答えてもらい,提示から回答までの時間を測定するというものです。実験としての仕掛けは,色の名前を,それと同じ色のインクで提示する場合と,異なる色のインクで提示する場合とを比較したことです。その結果,「あか」という単語を,黒いインクで提示した場合は,赤いインクで提示した場合に比べて,回答が遅くなる現象が見られます。このことは,文字が提示されると無意識のうちにそれを読んでしまうようになること,いわば脳が読み優位の状態になることを示していると考えられています。小学校で指導される黙読による一人読みがこの傾向にますます拍車をかけることになるでしょう。

読み聞かせで「読み手」のコミュニケーション力も育つ

 しかし,読むということは単に文字を音声に変える(黙読の場合も心の中で読む声が響いています)ことではないということに,もう一度立ち戻る必要があります。もともと言葉は誰かに向けて発せられ,言語的要素と非言語的要素とが合わさって成立するコミュニケーションを媒介するものだからです。絵本の読み聞かせは,いま一度コミュニケーションに際しての言葉の働きを思い起こさせてくれます。幼児に向けての読み聞かせでは,幼児たちはただ目の前に座っているだけではありません。熱心に耳を傾け,絵本と読み手に集中したまなざしを向けてくれます。読み手もそれに反応せざるを得なくなり,あれこれ工夫しながら絵本を読むようになります。そこで展開されるのは絵本の読み聞かせを通した直接的なコミュニケーションそのものです。
 子どもたちが読み手になる機会は,多くはありませんが,小学校の中でも見つけることができます。1年生が入学してくると,6年生がいろいろと世話を焼きますが,朝の自習時間に1年生の教室に行って絵本の読み聞かせをする風景を目にします。ただ,読み聞かせを「する」ことの意義を考慮して実践されているわけでは必ずしもありません。そのための準備や練習はあまりなされませんし,学校では自分のことは自分でするという考え方が徹底していますので,やがては1年生も,読むことも自分ですること,一人で黙読する方向でおさまっていくのが常です。

絵本の読み聞かせに夢中(ラボ・パーティにて) 絵本の読み聞かせに夢中(ラボ・パーティにて)

読み聞かせで広がる世代間の交流
~幼児と小学生,高齢者の学びあい

 そこで,社会的な活動として長野県塩尻市で行っているのが,「読み聞かせ交流会」です。自発的に参加してくれる小学生と高齢者に組んでもらい,読み聞かせの発達的な意義と読み聞かせのスキル,そして絵本の世界の奥深さを学んでもらう育成講座を経た後,同じ読み聞かせコミュニケーターとして幼児に向けて絵本の読み聞かせを行ってもらいます。初めのうちは幼児に慣れない小学生も,高齢者のお手本に触発されながら,読み聞かせはもちろん,大型絵本の分担読みや歌と手遊びなどにも積極的に取り組んでいきます。時には逆に,小学生の工夫を高齢者がまねをして読み聞かせの幅を広げたりすることもあります。これらはすべて,同じ読み聞かせコミュニケーターの立場だからこそ生まれる交流と言えるでしょう。

幼児への読み聞かせを通して,小学生が成長する

 質問紙によって小学生から得た活動の評価では,幼児の視線や表情・身体で表す楽しさ,退屈した様子を通して幼児の反応が強く意識されていることがうかがわれ,幼児の態度に応じて,読みの抑揚を大げさにして気を引く読み方をしたり,絵本の内容に浸っている場合には淡々と読んだりといった工夫が,自然になされるようになっていきます。このような,相手の心の内を推し量りながら,こちらの働きかけをあれこれ変えてみる体験,絵本を媒体として読み聞かせによって幼児と双方向的につながっていく体験は,まさに対面的直接的な交流の成果であり,これを通して小学生も高齢者も知らないうちに自らの発達が促されていく機会となっているものと思われます。読み聞かせ活動に子どもたちを主体としていかに巻き込んでいくか,このことが今後の大切な課題になってくるのではないでしょうか。

※2015年7月の寄稿の再掲載です。