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story今月のお話

The Reluctant Dragon おひとよしのりゅう

2024年1月の紹介

The Reluctant Dragon

おひとよしのりゅう

Long ago—­might have been hundreds of years ago—
むかしむかし―ことによると,なん百年もむかしのことだったかもしれないけれどね。
in a cottage half-way between this village and yonder shoulder of the Downs up there,
―この村と,むこうに見える小高い丘とのあいだに,小さな一けん家があったのだよ。
a shepherd lived with his wife and their little son.
そして,その家には,ひとりのひつじ飼いが,おかみさんや,むすこといっしょにすんでいました。
Now the shepherd spent his days—and at certain times of the year his nights too—up on the wide ocean-bosom of the Downs,
さて,このひつじ飼いは,ひるまは,もちろんのことだが,季節によっては,夜もまた,あの海のようにひろい,丘のあいだの野っぱらでくらしていました。
with only the sun and the stars and the sheep for company,
そこではたらくあいだの友だちといっては,太陽や,星や,ひつじだけ。
and the friendly chattering world of men and women far out of sight and hearing.
なかよくおしゃべりできる人なんかは,だれひとり,いなかったのだ。
But his little son,
ところが,このひつじ飼いのむすこのほうは,どうだったかというと,
when he wasn't helping his father, and often when he was as well, spent much of his time buried in big volumes that he borrowed from affable gentry and interested parsons of the country round about.
おとうさんのてつだいをしていないときは,もちろんだが,しているときでも,ちょいちょい,むちゅうで本によみふけるというような子どもだった。

 ある日,ひつじ飼いがガタガタ震えながら家に帰ってきました。丘の穴で,ウロコと爪と尻尾のある巨大なけだものを見たというのです。ところがむすこは驚かず,「そんなもの,ただのりゅうだよ」とあっさり言いました。そして翌日,男の子はりゅうに会いに丘にむかい,ふたりはすっかり意気投合して友だちになったのでした。またべつのある日のこと,男の子は村の人びとが騒いでいるのを聞きつけました。なんでも騎士のセント・ジョージが龍を退治にやってくるというのです。セント・ジョージが村に到着すると,戦いが見たいだけの村人は,自分たちがりゅうにどれだけ苦しめられてきたかを訴えました。男の子がこのことをりゅうに知らせに行くと,りゅうは「戦いなんかしたくない」といいます。こんどは男の子はセント・ジョージに会いに行き「あのりゅうは立派なりゅうなんです」と告げました。それを聞いたセント・ジョージは,男の子といっしょにりゅうのところに行って,なにやら作戦をたてるのでした。

 イギリス作家のケネス・グレアムの作品です。この物語に登場するりゅう,セント・ジョージ,そして男の子の3人はグレアムがモデルだったといいます。抑圧され自然を愛したり詩を書いたりすることで自分を表現するりゅう。自分に与えられた使命を果たそうとするセント・ジョージ。本が好きで夢ばかりをみている男の子。どれもグレアムの心から生まれたキャラクターで,グレアムはこの物語に表現しました。

 りゅう(Dragon)は伝説上の架空の生き物で,ときには悪の象徴,またときには雨乞いの対象,神や皇帝の象徴などとさまざまなキャラクターをもち,古今東西の昔話や神話に登場,美術作品のモチーフとして描かれてきました。『妖精学大全』(井村君江著/東京書籍)によると,りゅうは「鋭い目をもち,翼が生え,恐ろしい爪を有する大蛇。……ヘビ,ワニ,巨人,鬼の複合した怪物。一般に太いウロコのある大蛇の胴体,コウモリの翼,鋭い爪,尾には毒の針をもち口から火を吹く」とあります。そんな恐ろしい姿をしたりゅうですが,この物語に登場するりゅうは,教養もあってやさしく,何とも愛らしくて,セント・ジョージや男の子とのやりとりにはほほえましいものがあります。

 イギリスのユーモアたっぷりのこの物語は,クスクス笑いながら楽しむことができ,子どもの心に長く残ります。戦うはずだったりゅうとセント・ジョージがくりひろげるちゃんばらは,いったいどんなものだったのでしょう。