This month's
story今月のお話

The Frog And The Golden Ball かえると金のまり

2022年4月の紹介

The Frog And The Golden Ball

かえると金のまり

The garden is full of the scent of roses;
ばらのかおりはそのにみち
A spider is weaving mysterious words.
くもはあやしの文字をおる

Imagine we are in Germany in the garden of a castle.
ここはドイツのあるおしろのにわ,
The time is noon, a drowsy day in spring.
ねむたくなるような春のまっぴるまです。
A little girl is singing, playing with her ball.
ちいさな女の子がうたいながら,まりあそびをしています。
A ball made of gold it is.
まりは金でできています。
When thrown up into the blue,
青いそらにぽうんとなげると,
down it falls with a train of sparkling lights.
まぶしい光をひきつれて,おちてきます。
And how pretty the hands that catch it!
それをうけとめるてのひらのかわいいこと。

Set out on your journey, shepherd,
いざたびたてよ ひつじかい
Before stars are dimmed by day.
あかつき ほしをけさぬまに

 リスを追って森に入っていた女の子(おひめさま)は,泉に金のまりを落としてしまいます。おひめさまが困って泣いていると,泉からかえるが出てきて「自分と大の仲良しになってくれるなら,まりを取ってきてやろう」と言います。おひめさまはそれを約束しますが,まりを受けとるとそのまま走り帰ってしまいました。ところが次の日の夕方になると,かえるがお城にやって来て「やくそくをおわすれじゃあるまいね」と言います。父親である王さまも「やくそくはまもらねばならん」と,おひめさまにかえるを招きいれるようにいいます。そしていっしょに食事をし,部屋に行くとかえるは「わしの寝るのは,あんたのベッドの中だ」と言うのです。怒ったおひめさまはかえるを壁に投げつけました。すると,かえるにかかっていた魔法がとけ,かえるはひとりの王子にかわったのでした。

 かえるを壁に投げつけるとは,昔話にはめずらしく勇敢なおひめさまです。そのおひめさまが菩提樹の陰にある泉にまりを落とすところから,この物語は始まります。菩提樹の葉はハート形で,初夏には花が咲いていい香りがします。ドイツでは菩提樹は小説や詩,歌などによく用いられます。ドイツの詩人ヴェルヘルム・ミュラーの詩をもとにしたシューベルトの歌曲「菩提樹」でも,「泉に沿いて茂る菩提樹」と歌われています。泉のそばの菩提樹は,まさにドイツ的な景観であり,そこで起こった出来事だったのです。

 この物語は,グリム童話の巻頭に登場します。グリム童話は,グリム兄弟がドイツの各地で昔話を収集し,1812年の初版から,1857年の第7版まで出版したもので,版を重ねるうちにグリム兄弟は,口承で収集した昔話に修正を施したり,物語を追加したり削除したりしています。初版では,この『かえると金のまり』に似たお話がいくつか掲載されていましたが,版を重ねるうちにそれらを統合させ,巻頭を飾るにふさわしい物語としていきました。物語の最後に,従者ハインリヒが国から王子を迎えに来るエピソードがあります。このエピソードも類話のひとつにあったもので,最終的に残ることになりました。

 グリム童話には森が多く登場します。ドイツでは「森には魔物や悪い人がいるから入ってはだめですよ」と,子どもは言われて育つそうです。この『かえると金のまり』も,おひめさまが森の中に入っていったことによって,魔法にかけられたかえるに出会います。ヨーロッパの森は,ちょっと怖くてふしぎな場所のようですね。森のなかで菩提樹の陰の泉を探してみたい気はしますが,森に入るときは気をつけてくださいね。