This month's
story今月のお話

2020年7月の紹介

The Flying Carpet

空とぶじゅうたん

"I will tell you a tale..."
「さあ,ひとつ物語を語りましょう…」
In days of yore and times long gone before
むかしむかし,はるか遠くにすぎさった時代のこと,
there was a Sultan of India who had three sons.
インドにひとりの王,サルタンがすんでおりました。サルタンには,三人のむすこがありました。
The eldest was called Prince Husayn, the second Prince Ali, and the youngest Prince Ahmad.
いちばんうえの王子はフセイン,二ばん目はアリ,すえの王子はアーマッドといいました。
The Sultan also had a niece, the Princess Nur-Al Nihar, which is to say light of the day. And indeed she was as the morning sun in the eyes of her uncle, for she was the only child of his younger brother, who had died early and left her in his charge.
サルタンにはまた,めいがひとりおりました。ノア・アルニハ王女です。王女はサルタンの弟のひとりむすめで,弟はむすめをサルタンにたくして,わかくして世をさったのです。ノア・アルニハ――夜明けのひかりというその名のとおり,サルタンの目には,王女は,まことに朝の太陽のように見えました。
The Sultan himself saw to her bringing up
サルタンは,自ら王女の養育にあたりました。
and took care that she was taught to read and write, sew and embroider, sing and dance and deftly touch all instruments of mirth and merriment.
読み書き,さいほうとししゅう,歌とおどり,それに,さまざまな楽器をどれもたくみに演奏すること,王女が,これらのわざを,すべて身につけるよう心をくばったのです。
The little princess in beauty and loveliness and in wit and wisdom soon far excelled maidens of her own age in every land.
こうして王女は,美しさにかけても,愛らしさにかけても,機知とかしこさにかけても,世界中のおなじ年ごろのむすめを,はるかにしのぐようになりました。
She was brought up with the princes her cousins in all joyance.
王女は,いとこの王子たちといっしょに,しあわせいっぱいに育ちました。
They ate together and played together;
食べるのもいっしょなら,あそぶのもいっしょ。
the four were as close as seeds in a pomegranate.
四人は,ざくろの実の中の種のように,いつもいっしょでした。


 それぞれが年ごろになったとき,3人の王子はノア・アルニハ王女と結婚したいと思うようになりました。それを知ったサルタンは「もっともめずらしいものをもちかえった者にを王女の夫にしよう」といいました。そこで3人の王子は,一年後に会うことを約束してそれぞれ旅にでます。フセイン王子は空をとぶじゅうたん,アリ王子は見たいと思うものが見える象牙の筒,アーマッド王子はどんな病気もなおせるりんごをそれぞれみつけて集まりました。そこでノア・アルニハ王女が病にふしていることを知り,急いで国に帰り,助けるのでした。王女の夫を決められないサルタンは,いちばん遠くに矢を放ったものを夫にするといい,3人は競技場にむかうのでした。王女とめでたく結婚できたのはだれだったのでしょう。

 これは,「千夜一夜物語」のなかのおはなしのひとつです。冒頭,「さあ,ひとつ物語を語りましょう……」というかたちで始まるのはなぜだかわかりますか? 「千夜一夜物語」はつぎのようなお話なのです。ペルシアの王シャフリヤールは,王妃の不倫現場を目撃して女性不信となり,ひと夜限りの妻を迎えては翌朝に殺していました。そこへかしこく勇気のある女性シェヘラザードが現われ,王におもしろい物語を夜な夜な語ります。王はその話がたいへんおもしろかったので,彼女を殺さずに千の夜のあいだ物語を語らせたのでした。この『空とぶじゅうたん』もシェヘラザードが語った物語です。というわけで,「さあ,ひとつ物語を語りましょう…」というかたちで始まりまるのです。

 「千夜一夜物語」は「アラビアンナイト」という呼び名でも有名で,フランス人のアントワーヌ・ガランによって,1704年にヨーロッパに紹介されました。アラビア語からフランス語に訳されて発刊されましたが,当時のヨーロッパ人の未知の東洋に対しての興味を引き出し,爆発的なブームとなったといわれています。いわば「千夜一夜物語」によって,ヨーロッパの人々は未知なるアジアへの扉を開いたといえるでしょう。