This month's
story今月のお話

Guleesh グリーシュ

2024年6月の紹介

Guleesh

グリーシュ

Long ago, in County Mayo, there was a young man named Guleesh.
むかし,メイオ郡に,グリーシュという名前の若者がいた。
He lived alone in a little old farmhouse several miles from the town.
町から何マイルか離れた,古ぼけた小さな百姓家に,ひとりで住んでいた。
It was a hard life he lived, ploughing and sowing and harvesting his rough little patch of land,
わずかばかりのやせ地を耕し,種をまき,その収穫でやっとこさ暮らしていた。
and sometimes he felt sorry for himself
ときどき,グリーシュは,そんな毎日が情けなくなり,
and wished he lived a different life.
いっそどこかでべつの暮らしができたらなあと思うのだった。
Late one night, Guleesh went out and leaned against his old farm wall,
ある晩おそく,グリーシュは外に出て,庭の石囲いにもたれ,
and spoke to the white, bright moon.
こうこうと照る月に話しかけていた。
He said: ”I do not like this place.
「おれはもう,ここがいやになった。
And I do not like the life I'm living.
こんな暮らしはごめんだ。
I wish I were you, bright moon,
お月さん,あなたはいいなあ。
away from it all up there in the sky.”
この世の苦労も知らずに,そんな高いところですましておれるんだからなあ。」

 すると突然,庭がすさまじい音のうずに巻きこまれたかと思うと,妖精が現れたのでした。「おれたちといっしょにくるかい」という妖精の誘いに応じたグリーシュは,呼びだした馬に乗って駆けだしました。馬は海も飛び越え,たどりついたのはフランスの宮殿。中ではフランス国王の姫君の結婚式がとりおこなわれていました。しかし姫君の顔は,悲しみに沈んでいます。妖精たちは「あの娘は,この結婚がいやなんだよ。それなら,おれたちが連れだしてやろうというわけさ」というと,姿も見せずに娘をさらって馬に乗せ,またグリーシュの農場の庭に舞いもどりました。しかし妖精と結婚させられそうになっている娘をかわいそうに思ったグリーシュが「妖精たちから守ります」と叫ぶと,妖精は怒って娘を口がきけないようにして立ち去ってしまいました。そこでグリーシュは娘を神父のところに連れていき,そして毎日訪ねて娘の回復を祈るのでした。

 舞台となっているマイオ(Mayo)は,アイルランドの大西洋沿岸に位置し,現在のマイヨは整備され,風光明媚な観光地としてもよく知られています。アイルランドはひんやりとして涼しく雨も多いので,植物が土地の表層をおおいつくしています。その昔,人びとはいくつかの家畜を連れて土地を転々と移動して農業を行っていましたが,18世紀になると転々としていた土地に家族などから離れて住むようになる人々がいたそうです。町から離れ暮らしていたグリーシュもそのひとりだったのでしょうか。グリーシュはその日暮らしで,ひとりでは淋しかったのでしょう。妖精がさらってきた娘を大切にし,魔法をといて娘と結婚し,幸せになることができました。

 この物語は,アイルランド人の祖先であるケルトの昔話(Celtic Fairy Tales)です。ケルトの昔話には妖精が多く登場します。妖精はこの世のものではない,ふしぎな力をもった存在で,いい妖精もいれば悪さをする妖精もいます。妖精を語りついでいる国はほかにもありますが,アイルランドはそれが強く残っている国のひとつで,「妖精の国」と呼ばれています。ケルト民族は文字をもたずに,口伝えで信仰や神話をアイルランドにもちこみました。ケルトの人びとには転生思想があり,その神々からやがて妖精が生れたともいわれています。

 このケルトの昔話を集めたのは,『ジャックと豆の木』や『3びきのコブタ』などのイギリスの昔話(English Fairy Tales/1890)も集めた,イギリス人の歴史学者ジョセフ・ジェイコブスです。ジェイコブスは収集するときに,「英語を知らないケルト人の農民から聞きだした物語だけをいれるというルールを定めた」といっています。アイルランドの文化や風習,土地の風土が感じられる妖精の物語をお楽しみください。